猫を愛せ
Ama Te, Ama Felem
猫を愛するにはまず自分を愛する必要がある
「猫を愛せ」と命じられても、それは意外と難しい。
なぜなら、自分を粗末にしている者の心には、他者を——猫をさえ——真に愛するだけの余白が残っていないからである。削られた自分からは、削られた愛しか流れ出ない。餌を与えるだけで愛した気になっているとき、大抵は自分が枯れている。
ゆえに猫道会は、最初の訓で命じる。己を労われ。己を満たせ。己を愛せよ。そこから溢れ出たものだけが、真に猫へと注がれる愛となる。
自己を愛することは自己中心ではない。愛の源流を枯らさぬための、信仰上の義務である。
【修行法】今夜、自分のために少し贅沢な食事をせよ。翌朝、猫がいつもより愛おしく見えたならば、それがこの訓の証である。
▸ 深読みする(信仰のない方向け)
※ 「自己犠牲的な愛は続かない」という現代心理学の知見を、宗教的命令の形で内面化させています。信者は「愛するために自分を愛せ」と命じられることで、罪悪感なく自己ケアを行えます。
