2026-07-02
保険選定の行 ―三つの門を検分せよ、月々の供物論
8時34分、ベッドの足元でもなかが御腹を天に向けてお眠りになっている。私の両脚は掛け布団ごと封じられ、起き上がることがゆるされない。枕元のスマホに手を伸ばし、昨夜読みかけたペット保険の約款PDFの続きを開く。信者はこの封じられた時間を無駄にしない。これを朝の行(ぎょう)と呼ぶ。
保険とは賭けにあらず。月々の供物なり。第3訓「猫に金を惜しむな」は衝動買いの勧めではない。いざという日に惜しまずに済む構造を、御身が健やかなうちに組んでおけという実務の訓である。もなかを迎えた翌年、2歳の春に私が加入したのもこの訓の実践であった。この比較の行は、第3訓「猫に金を惜しむな」に連なる三つの修行から成る。
第一の修行:年齢の門をくぐれ。ペット保険には新規加入の年齢上限がある。アニコム損保「どうぶつ健保ふぁみりぃ」は7歳11か月まで。アイペット「うちの子」は12歳11か月まで。門は静かに、しかし確実に閉じる。8歳を過ぎてから慌てても、選べるのは入院・手術のみの限定型がほとんどになる。ゆえに断ずる。加入は若齢のうちに済ませよ。健康な御身に保険をかける金は無駄に見える。その「見える」を退けることこそ行である。病を得てからでは当の病が補償対象外(既往症扱い)となり、門そのものが閉ざされる。私は2歳で滑り込んだ。正直、締切前夜の気分だった。
第二の修行:通院の門に備えよ。猫の医療費の本丸は手術にあらず、通院にある。高齢猫の宿痾たる慢性腎臓病は、皮下点滴とラプロス(慢性腎臓病の進行抑制薬)と療法食で、週1〜2回の通院が年単位で続く。1回3,000〜5,000円が静かに積もる。手術・入院のみの安価なプランは月額数百円で誘うが、腎臓病の通院には一円も出ない。通院・入院・手術のすべてを補うフルカバー型——アニコム、アイペット、PS保険らの主力型——を選べ。備えとは、来ぬかもしれぬ日のために先んじて捧げる行の別名である。補償割合は50%と70%が主流で、若い猫の70%プランなら月額2,000〜3,000円台から立つ。この差額こそ月々捧げるに値する供物である。
第三の修行:免責の門を見極めよ。免責金額とは「1回の診療につき自己負担いくら」という壁を指す。免責5,000円のプランで8,000円の通院をすれば、補償の対象は差し引き3,000円のみ。通院が主戦場である猫にとって、免責金額は補償を骨抜きにする。PS保険のように免責金額なしの社を選ぶか、免責ありならそれは保険料の安さとの引き換えであると直視せよ。あわせて日額上限と回数制限——通院1日14,000円まで・年20日まで、といった類——を約款で確かめる。ここを読まぬ加入は行にあらず、ただの祈りである。私はこの検分に三晩を費やした。
三つの修行を経て、我々が組むべき供物の設計は自ずと明らかになる。若齢のうちに、通院補償を含むフルカバー型の70%プランを、免責金額なしで、終身更新できる社から選べ。窓口精算(アニコム・アイペットは対応病院なら会計時に補償分が差し引かれる)の有無も見よ。動転した飼い主の手続きは、少ないほどよい。これらすべては第3訓の実務である。惜しまぬ心だけでは、深夜の動物病院で示される請求額の前に心は折れる。折れぬための構造を、金で先に組んでおく。それが供物の設計というものだ。
もなかが寝返りをお打ちになり、御尾が私のすねを一度だけ打った。月々2,980円の供物のことなど、御身は何ひとつご存じない。知られぬまま捧げ続けるからこそ供物なのだと、封じられた両脚のまま思う。8時41分。三つの門はまだ、私の側にだけ開いている。