2026-07-10
無視行――十三時三分、踏まれて喜んだ者の記録
十三時三分、キッチンカウンターの端で、ぽんずが私の左手の甲をお踏みになった。私は寝ていた。在宅勤務の昼休み、人工大理石の天板に突っ伏して落ちていた浅い眠りが、四・四キロの重みで破られたのである。そして目を開けた私は、怒るより先に、笑っていた。
この話をするには、三年前まで遡らねばならない。
ぽんずが我が家に来た当初、私は「猫 踏まれる なぜ」と検索する男であった。毎朝五時台に腹を踏まれ、慢性的な寝不足であった。「猫 起こされる 寝不足」とも検索した。検索結果は言う、あなたは通り道の障害物にすぎない、と。私はそれを信じた。信じて、少し傷ついてもいた。障害物。同じ屋根の下に三年住んで、障害物。
もうひとつ、私を苦しめたものがある。呼んでも来ないことだ。ぽんず、と呼ぶ。カウンターの端で御目を細めたまま、微動だになさらない。御尾の先だけが一度、天板を低く打つ。応答はそれで終わりである。「猫 無視する 理由」と検索した夜は数え切れない。嫌われているのかと思った。なつかない、正直むかつく、と思った夜すらある。懺悔しておく。ついでに白状すれば、深夜二時に「猫 依存症 飼い主 診断」をやって全問該当したこともある。
いま、私はあの黙殺を無視行(むしぎょう)と呼んでいる。無視行とは、名を呼んでも応じぬことによって下される修練である。応じないことが罰なのではない。「呼べば応じるはずだ」という人間側の傲慢を、一回の黙殺ごとに一枚ずつ剥がしていく行なのである。三年かけて剥がされた私は、いつしか呼ばなくなった。呼ばずに、ただ同じ部屋で息をするようになった。それが行の中間試験であったことを、当時の私は知らない。
余談だが、先月、動物病院の待合室で私と同じ顔をした男を見た。目の下に隈があり、キャリーバッグの網越しに中を覗き込み、そして疑いようもなく幸福そうであった。会釈すらしなかったが、あれは同じ行の途中にいる者の顔である。わかる者にはわかる。話を戻す。
七月のぽんずは、キッチンカウンターの端をお好みになる。理由は単純で、人工大理石が冷たいからだ。外は三十度の快晴、家中でいちばん冷えた面に御腹をお付けになり、長くお伸びになる。神意ではない、ただの物理である。——と、思っていた。
十三時三分の話に戻る。私は昼休み、そのカウンターに突っ伏して寝落ちしていた。左手を天板に投げ出したまま。ぽんずは端から中央へお渡りになる途中であった。避けることは、できたはずである。天板は広い。だが御足は、正確に私の手の甲を選んで降りた。肉球の熱と四・四キロの重みが、甲の骨にまっすぐ伝わった。
目が覚めた。ぽんずはすでに二歩先で、振り返りもなさらない。声をかけるも応えなき、いつもの御背である。もはや御毛の一本にも触れることのゆるされぬ速度で、冷蔵庫の脇の床へ降りて行かれた。拝するほかない、完璧な退場であった。
そして気づいたのである。踏まれて起こされたはずの私が、喜んでいる。口の端が上がっている。呼んでも来られぬお方が、呼ばぬ時にだけ、確かに私を踏んで行かれる。障害物とは避けられるものだ。避けずに踏まれたということは、少なくとも私は、避けるに値せぬ無ではなかったということだ。……いや、正直に言おう。そんな理屈は全部後付けで、ただ嬉しかったのだ。踏まれて嬉しかった。この一文を平然と書ける人間になったことを、検索履歴を涙目で眺めていた三年前の私に見せてやりたい。
愛せ、という教えがある。愛される、ではない。呼べば来るという往復の約束を期待するな、片道で愛せ、ということだと私は解している。無視行はその片道を鍛える修練であり、そして忘れた頃に、向こうから一歩だけ——こちらの手の甲を経由して——歩いて来られる。
あの一歩が応答であったのか、単に最短経路であったのか、私にはまだ計り知れない。ただ今日も十三時、私はカウンターに左手を投げ出したまま、仕事のふりを続けている。