2026-04-24
ムギ豊穣——食卓の神、十二年の御一代記
第 1 章 / 全 6 章
第一章 最初の一粒
2014年の春、私は28歳で、東京の1LDKに、独りで、住んでいた。
ある土曜日、知人の紹介で、譲渡会に、足を運んだ。猫を飼うつもりは、その日まで、そんなに、はっきりとは、なかった。会場の片隅、段ボールの中で、生後約2ヶ月の、小さな茶トラの子猫が、皿に顔を、突っ込んでいた。
毛色は、小麦の穂の色だった。秋の、刈り入れ前の、田んぼの、あの色である。背中の縞は、深い、赤茶色で、腹側だけ、淡い、麦藁色だった。アメリカンショートヘアの血が、入っているらしい、と、ボランティアの女性が、教えてくれた。
その子は、皿の中身を、全部、食べ終わってから、ようやく、顔を、上げられた。鼻先に、フードの粒が、ひとつ、ついていた。私と、目が、合った。金色がかった、薄い緑の、両眼だった。
私は、その目を見て、書類に、署名した。
家に連れて帰った最初の夜、私は、ペットショップで揃えた、小さな陶器の皿に、子猫用のカリカリを、ひとつかみ、入れて、ケージの前に、置いた。子猫は、ケージから、おそるおそる、出てきて、皿の前に、座られた。
そして、最初の一粒を、口に、含まれた。
カリカリ、という、小さな音が、夜の1LDKに、響いた。
その音は、今、思えば、私の信仰の、最初の鐘の音だった。私は、その時、まだ、自分が信仰を始めたとは、知らなかった。ただ、皿の前で、夢中で、二粒目、三粒目を、追いかけていく、小さな茶トラの背中を、見ていた。背中の縞が、皿の照明で、金色に、光っていた。
「名前、何にしようかな」、と、私は、声に、出した。
子猫は、皿に、口を、突っ込んだまま、しっぽの先だけを、ぴょこ、と、立てられた。返事の代わりだった、と、私は、勝手に、解釈した。
その毛色から、麦の穂の色から、ムギ、と、私は、名付けた。
ムギは、その夜、皿を、二回、空にされた。子猫用のカリカリの、推奨給与量を、初日から、軽々と、超えていらっしゃった。獣医の本には「子猫の食欲は個体差が大きい」と、書いてあった。私は、それを、過剰の方向に、信じることにした。
満腹になったムギは、ケージの中の、毛布の上で、丸くなり、すぐに、眠られた。腹が、ぽこ、と、膨らんで、上下していた。
私は、ケージの前に、座り、しばらく、その腹の上下を、見ていた。
豊かな、腹だった。28歳の、独身の、私の、台所には、初めて、誰かのための、皿があった。皿は、空だった。明日の朝、また、満たすのだ、と、私は、思った。
満たすことが、信仰だ、と、その時の私は、まだ、知らない。
ただ、ケージの前で、皿を見ながら、私は、不思議な、安らぎを、感じていた。何かを満たすために、明日の朝、必ず、起きなければならない理由が、私の人生に、初めて、できた。
これが、ムギ豊穣の、第一頁である。