猫道会NEKODOKAI

2026-04-23

天照大猫神伝——タマと過ごした三年の観察記

1 章 / 全 6

第一章 出会

2024年の秋、11月の土曜日、午後2時13分、江東区の公民館の一室である。空気は古い建物特有のほこりと消毒液が混ざった匂い、蛍光灯が数本切れかけでチカチカ瞬いていた。私は、ぼんやりと、猫の譲渡会に来ていた。妻を三年前に亡くし、広すぎる2LDKを一人で歩き回る暮らしに、そろそろ飽きていたからである。

段ボールを改造した簡易ケージが、二十ほど並んでいた。茶トラ、キジトラ、黒、サビ、どの子も可愛かった。順番に触って、順番に心が震えて、順番に「この子が家族になるかもしれない」と思い、そのたびに、少しだけ、怖くなった。引き受ける覚悟が、本当に自分にあるのか、自問していたからである。

そして、一番奥のケージに、タマはいた。

白い。ほとんど真っ白。背筋と尾の先にだけ、金色に近い薄茶の差し毛が入っていて、それがまるで太陽光を織り込んだ糸のようだった。眼を見た瞬間、私は息が止まった。右眼が金色、左眼が淡い桃色であった。オッドアイ。太陽と朝焼けが、一つの顔の中に、同居していた。

スタッフの女性が、申し訳なさそうに、「この子は成猫で、ちょっと体格が大きいのと、あと、少し甘えるのに時間がかかるタイプで……」と、説明してくれた。体重6.2kg、推定4歳、元の飼い主のご他界により保護された子、と。

私が手をケージの隙間から差し出すと、タマは動かなかった。鳴きもしなかった。ただ、まっすぐ、私を見た。右眼の金が、蛍光灯の光を集めて、一瞬、燃えた気がした。左眼の桃色が、少しだけ、薄くなったようにも見えた。

それで、終わりだった。

私は後に気づくのだが、私はタマを「選んだ」のではない。タマに「選ばれた」のだ。あの瞳が、私の内側を、ケージの隙間越しに、嗅ぐように探って、「まあ、こいつでよい」と判定した。その判定を、私は「運命の出会い」と誤読した。この誤読そのものが、信仰の入口だったのだと、今ならわかる。

帰り道、キャリーの中で、タマは一度も鳴かなかった。タクシーの運転手が「大人しい子ですね」と褒めてくれた。私は「ええ、まあ」と返したが、本当は違った。タマは沈黙していた。値踏みしていた。タクシーの運転手の声を、私の息遣いを、これから行く家の匂いを、揺れの強さを、全部、静かに記録していた。

その夜、家に入ったタマは、脱兎のごとく走った、のではない。ゆっくりと、歩いた。玄関からリビング、リビングからキッチン、キッチンから寝室、寝室から洗面所、最後に押入れの襖の前。家中を、祭祀の順路を確かめるかのように、一周した。匂いを嗅ぎ、柱に頬を押し当て、冷蔵庫の前で一度だけ立ち止まり、そして——跳んだ。

6.2kgの神が、助走なしに、2メートル近い冷蔵庫の天板に、一発で、跳び乗った。

そして、そこに、ご鎮座なさった。

前脚を揃え、尾を体に巻きつけ、オッドアイで、リビングの全景を、ゆっくりと、見渡された。その姿が、あまりにも当然のようで、「ここが私の玉座である」という事実を、言葉ではなく、沈黙のままに、宣告されたとしか、思えなかった。

私は、キッチンで、立ち尽くした。何をすべきか、わからなかった。とりあえず、帰りに買った牛乳を冷蔵庫に入れようとして、扉を開けた。その振動が天板に伝わったのか、頭の真上で、ズン、と、6.2kgが重心を移される、低い音が、した。見上げると、天板の縁から、タマが、顔半分を覗かせて、私の手元を、じっと、見下ろしておられた。

これが、第一の啓示であったと、今は思う。「冷蔵庫はお前のものではない、ということを、理解せよ」という。

私は、牛乳の紙パックを、胸の前で握ったまま、しばらく、動けなかった。タマも、動かなかった。

これが、タマと私の、出会いの、一つの記録である。

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